KEIEI.RIP
← Back to Archive
NO. 0055継続企業の前提に…

上場企業が預金差押え、海帆の多角化迷走

2025株式会社海帆 · 財務・M&A

名古屋発の居酒屋チェーン・海帆は、コロナ禍で本業が壊滅的打撃を受けた後、再生可能エネルギーや仮想通貨マイニングなど本業と無関係な事業に多角化。3期連続赤字、MSワラントによる希薄化、そして上場企業としては異例の預金差押え・社会保険料滞納という事態に陥った。経営者交代を繰り返しながらも再建の道筋を見出せない同社の軌跡は、「上場」という信用だけでは会社は救えないという厳しい現実を突きつける。

居酒屋チェーンコロナ禍MSワラント社会保険料滞納監査意見不表明差押多角化失敗ガバナンス崩壊希薄化東証グロース
Obituary

弔辞

TL;DR

  • コロナ禍で売上84%減の壊滅的打撃から、3期連続で年7億円超の最終赤字を計上
  • 創業者退任後、3年間で3人の社長交代という異常なガバナンス不全
  • 再生可能エネルギー、美容クリニック、ビットコインマイニングなど本業と無関係な多角化で経営資源が分散
  • MSワラントで希薄化率約100%、調達資金は社債返済で即流出する悪循環
  • 上場企業でありながら預金差押え・社会保険料滞納という異例の事態で、監査法人が「意見不表明」

企業概要と全盛期

株式会社海帆は、2003年5月に久田敏貴氏が名古屋市守山区で「昭和食堂小幡店」を開業したことに始まる。昭和レトロをコンセプトにした居酒屋業態は東海地区の若年層に支持され、急速に店舗網を拡大していった。

創業から約10年となる2012年12月に50店舗を達成。その勢いは止まらず、2015年4月には東証マザーズへの上場を果たす。IPO時の公募価格1,020円に対し、初値は1,800円と76%のプレミアムがついた。市場は海帆の成長ストーリーを高く評価していたのだ。

上場時、創業者の久田氏は「全国200店体制、売上高100億円」という野心的な目標を掲げた。年間25〜30店舗の新規出店計画は、当時の外食産業においても積極的な部類に入る。実際、2016年7月には100店舗を達成し、東海地区を中心に着実に版図を広げていった。2018年9月時点で94店舗を展開し、「昭和食堂」「黄金の華」など複数ブランドで地域ドミナント戦略を推進していた。

この時期の海帆には、地方発の外食チェーンが全国展開へと脱皮する典型的なサクセスストーリーがあった。名古屋という大商圏を足場に、上場による資金調達と知名度向上を武器に、さらなる成長を目指す——。2019年12月、コロナ禍直前の居酒屋業界全盛期において、海帆は確かに輝いていた。


何が起きたか

2020年:コロナ禍による壊滅的打撃

2020年4月、緊急事態宣言の発出により居酒屋業界は未曾有の危機に直面する。海帆の売上高は前年同期比84%減の1億7,400万円にまで落ち込み、最終損益は3億2,700万円の赤字を計上。居酒屋という業態の脆弱性が一気に露呈した。

2021年:創業者退任と経営体制の動揺

2021年1月、18年間会社を率いてきた創業者・久田敏貴氏が退任し、國松晃氏に社長が交代。しかしわずか1年後の2022年3月には吉川元宏氏へと再び社長が交代する。さらに2024年1月には守田直貴氏が代表取締役に就任。3年間で3人の社長交代という異常事態は、経営の方向性が定まらないことの証左だった。

2022年:本業離れの多角化開始

2022年7月、株式会社SSSを子会社化して19店舗を取得。同年10月には再生可能エネルギー事業への参入を発表し、KAIHAN ENERGY JAPANを設立する。居酒屋チェーンが太陽光発電事業に乗り出すという、本業との関連性が見えにくい多角化だった。

2024-2025年:さらなる迷走

2024年にはメディカル事業(美容クリニック支援)に参入するも売上は未達。2025年5月にはFitFounderとの業務提携を発表し、さらに驚くべきことにネパール水力発電・ビットコインマイニング事業のMOU締結も発表される。事業ポートフォリオは混沌を極めた。

2026年:破綻寸前の危機

2026年2月、海帆はEVO FUNDを割当先とする**MSワラント(第9回新株予約権)**を発行。潜在株式数5,700万株、希薄化率は約100%に達し、同時に10億円の社債も発行した。株価下落と希薄化の悪循環が始まる。

4月にはFitFounderに対する債務約1.09億円で名古屋地裁より預金差押命令。5月には社会保険料滞納約2,900万円で日本年金機構より資産差押。上場企業が社会保険料を滞納するという、市場関係者を震撼させる事態が表面化した。

6月、プログレス監査法人は2026年3月期計算書類に「意見不表明」を出し、継続企業の前提に重要な疑義があることを明記。上場廃止リスクが現実味を帯びてきた。


失敗の本質的原因

市場・競合環境

コロナ禍は居酒屋業界全体に壊滅的な打撃を与えた。上場14社で1,000店舗超が閉店し、業界の構造自体が変容した。さらに深刻なのは、コロナ後も需要がコロナ前比75%までしか回復していないという事実だ。若年層の飲酒離れ、家飲みの定着により、「大人数で居酒屋で飲む」という消費行動自体が縮小している。

海帆の主力業態である「昭和食堂」は、まさにこの消費行動をターゲットとしていた。市場が構造的に縮小する中で、本業の回復には根本的な限界があった。

経営判断と意思決定

最も深刻だったのは、本業回復よりも新規事業への過度な傾斜だ。再生可能エネルギー、美容クリニック、仮想通貨マイニング——これらは居酒屋事業とのシナジーがほぼ存在しない。

経営資源が限られる中で、複数の新規事業を同時並行で進めたことで、どの事業も中途半端になった。特に太陽光発電でアマゾンデータサービスジャパンとのPPA契約(総事業費約53億円)は、年間売上27億円の企業が手がけるには規模が大きすぎた。

財務・資金構造

3期連続赤字で月1億円超の営業赤字を垂れ流す中、MSワラントという「毒薬」に手を出した。MSワラントは株価に連動して行使価格が変動するため、株価が下がるほど発行株式数が増え、さらなる希薄化を招く。

2ヶ月間で約7.6億円を調達したものの、10億円の社債返済に充当されるため、実質的な手元資金は増えない。調達→返済→株価下落→さらなる希薄化という負のスパイラルに陥った。2026年5月時点の手元現金は約1.1億円まで減少している。

組織と文化

創業者が18年間築いた組織は、その退任とともに求心力を失った。3年で3人の社長交代は、組織内部の混乱を示唆している。

さらに、監査法人の辞任も深刻だ。2025年6月に監査法人アリアが辞任し、プログレス監査法人が一時会計監査人に就任したものの、最終的に「意見不表明」を出している。これは、監査法人が会社の財務状況を十分に検証できなかったことを意味する。

外部環境・規制

MSワラントの問題は、海帆固有の問題ではない。東証グロース市場では、業績不振企業がEVO FUNDなどを割当先としたMSワラントで延命を図るケースが頻発している。規制の甘さが、こうした「延命スキーム」を可能にしている面もある。

また、筆頭株主である山田亨氏がMSワラント中止の株主提案を行っているが、少数株主の声が経営に反映されにくい構造も問題だ。


経営者の意思決定を再構築する

久田敏貴氏の視点に立ってみよう。

2003年、名古屋で始めた小さな居酒屋が、12年後には上場企業になった。「全国200店舗、売上100億円」という目標は、決して荒唐無稽ではなかった。実際に100店舗を達成し、成長軌道に乗っていたのだから。

しかし、上場後の海帆は「成長の罠」にはまっていた。上場企業は成長し続けなければならないという無言のプレッシャー。株価を維持するために、四半期ごとに「成長ストーリー」を語らなければならない。その期待に応えるため、出店ペースを維持し、時には無理な拡大も行った。

そこにコロナ禍が襲いかかった。売上84%減という数字は、経営者にとって「すべてが崩れ落ちる」瞬間だっただろう。本業だけでは回復の見通しが立たない中、何か新しいことをしなければという焦りが生まれたはずだ。

再生可能エネルギー事業への参入は、その文脈で理解できる。ESG投資の流れ、脱炭素の潮流——時代の風に乗れば、居酒屋事業の苦境を脱却できるかもしれない。そう考えた経営陣を一概に責めることはできない。

問題は、「何かしなければ」という焦りが、冷静な判断を曇らせたことだ。本業との関連性、必要な投資規模、自社の経営資源——これらを冷静に分析すれば、太陽光発電やビットコインマイニングが海帆に適した事業でないことは明らかだったはずだ。

MSワラントの選択も同様だ。銀行融資が受けられない中、**「とにかく資金を調達しなければ」**という切迫感が、長期的には自社を毀損するスキームを受け入れさせた。

経営者は孤独だ。特に危機的状況では、誰かに「大丈夫だ」と言ってほしくなる。そんな時、「資金を出しましょう」と言ってくれる相手の条件を、冷静に吟味する余裕がなくなる。海帆の悲劇は、そうした人間的な弱さの帰結でもある。


海外類似事例との比較

海帆の事例は、米国のCheesecake Factoryのコロナ禍対応と対照的だ。

Cheesecake Factoryも2020年、コロナ禍で壊滅的な打撃を受けた。売上は急減し、一時は家賃の支払いを停止するという極端な措置まで取った。しかし、同社はその後、本業への集中という戦略を選択した。

具体的には、テイクアウト・デリバリー対応の強化、メニューの絞り込み、不採算店舗の閉鎖を断行。新規事業への多角化ではなく、「レストラン事業をいかに効率化するか」に経営資源を集中させた。結果として、2022年にはコロナ前の売上水準を回復している。

英国のパブチェーンWetherspoonも参考になる。同社はコロナ禍で3億ポンドの増資を実施したが、その資金は本業の立て直しに全額投入された。創業者のTim Martin氏は「我々はパブの会社だ。パブ以外のことはしない」と明言し、多角化の誘惑を退けた。

これらの事例に共通するのは、「危機時こそ本業に集中する」という判断だ。経営資源が限られる中で、知見のない新規事業に手を出すことのリスクを、彼らは理解していた。

一方、海帆のように危機を「事業転換のきっかけ」と捉え、全く異なる事業に進出する例は、海外でも成功事例がほとんどない。BlockbusterがNetflixに対抗しようとしてストリーミングに参入し失敗したように、既存事業の知見が活かせない領域での多角化は、多くの場合、資源の浪費に終わる。


経営者・起業家へのインサイト

1. 「上場」は延命装置ではない

上場企業であっても、本業が回復しなければ資金は枯渇する。海帆の事例は、上場という「信用」だけでは会社は救えないことを示している。むしろ上場維持のためのコスト(監査費用、IR費用、開示対応)が、危機時には重荷になる。

2. 危機時の多角化は「逃避」になりやすい

本業が苦しいから新規事業に活路を見出す——この発想自体は間違っていない。しかし、**本業との関連性がない多角化は、単なる「現実逃避」**になりやすい。特に経営資源が限られる中小企業では、一点集中こそが生存戦略だ。

3. MSワラントは「最後の手段」ではなく「最悪の手段」

MSワラントは、調達直後から株価下落圧力が働き、希薄化が希薄化を呼ぶ負のスパイラルを生む。MSワラントに手を出す前に、事業撤退や資産売却など、他のあらゆる選択肢を検討すべきだ。

4. 創業者退任後の「空白」を甘く見ない

海帆の3年間で3人の社長交代は、創業者が築いた組織文化の脆弱性を示している。創業者はカリスマ性で組織をまとめられるが、その後継者には「仕組み」が必要だ。創業者がいるうちに、後継者が機能する組織体制を整備しておくべきだ。

5. 社会保険料は「最後に払う」ではなく「最初に払う」

上場企業が社会保険料を滞納するという事態は、取引先や従業員への信用を決定的に毀損する。資金繰りが苦しくても、社会保険料と給与だけは死守すべきだ。この2つを払えなくなったら、それは「事業継続不能」のサインと受け止めるべきだ。


あなたが経営者だったら?

問い1:売上が84%減少した翌月、あなたは経営会議で何を提案しますか?

本業の立て直しを優先するか、新規事業への転換を図るか。その判断の根拠は何か。「何もしない」という選択肢も含めて、最善手を考えてみてください。

問い2:MSワラントの提案を受けた時、あなたはどう判断しますか?

手元資金が1ヶ月分しかない。銀行は追加融資を断っている。そこにMSワラントで10億円調達できるという提案が来た。希薄化率100%を受け入れるか、別の道を探すか。「別の道」とは具体的に何か。

問い3:創業者として、いつ、どのように会社を去るべきでしたか?

コロナ禍の直後に退任した久田氏の判断は正しかったのか。仮にあなたが創業者なら、どのタイミングで、どのような形で後継者にバトンを渡しますか。その際、組織に何を残しておくべきでしたか。


本記事は公開情報に基づく分析であり、特定の投資判断を推奨するものではありません。

Nearby Graves

隣の墓標

NO. 00582025年7月4…
秀和システム
2025財務・M&A

IT書籍の雄、209億円買収の罠に沈む

「はじめての」シリーズで知られるIT書籍出版の老舗・秀和システムが、売上27億円の中小企業でありながら209億円規模のLBOで船井電機を買収。被買収企業の資産を担保にした借入、異業種への無謀な多角化、そして連帯保証債務40億円超が連鎖倒産を招いた。50年の歴史に幕を下ろした「身の丈を超えたM&A」の教訓を深掘りする。

NO. 0054日本郵政は存続
日本郵政
2017財務・M&A

6200億円が7億円に溶けた日本郵政トール買収の教訓

日本郵政は2015年に豪州トール・ホールディングスを6,200億円で買収したが、PMIを放置し2年後に4,003億円の減損損失を計上。最終的にエクスプレス事業はわずか7億円で売却され、総損失は4,700億円超に達した。上場に間に合わせるための「成長ストーリー」が、日本企業史上最悪級のM&A失敗を招いた。

NO. 0052買収完了
日本製鉄
2024財務・M&A

日鉄のUSスチール買収、政治を超えた執念の勝利

日本製鉄によるUSスチール買収は、バイデン大統領の禁止命令という前代未聞の事態に直面しながらも、約1年半の交渉と訴訟を経て完了した。同盟国企業への初の大統領阻止という異例の事態を、法的戦略と政権交代を見据えた外交戦略で覆した経営判断を分析する。

← 墓碑一覧に戻る