弔辞
TL;DR
- 就労継続支援A型事業所を全国75市町村以上に展開、1,200人以上の障害者雇用を実現した急成長企業が、給付金不正受給で崩壊
- 「36ヶ月プロジェクト」と称し、利用者を自社スタッフとして6ヶ月雇用後、再び利用者に戻すサイクルを反復し、一般就労実績の加算金を不正取得
- 不正受給総額は全国で約150億円、大阪市だけで約110億円の返還請求を受け、詐欺容疑で刑事告訴
- 負債総額約289億円は社会福祉事業者として史上最大、グループ5社が会社更生法・自己破産を申請
- 制度の「グレーゾーン」に依存したビジネスモデルは、規制強化により一夜にして違法事業に転落するリスクを内包していた
企業概要と全盛期
株式会社絆ホールディングスは2012年1月、結婚相談所として創業した。その後、放課後等デイサービスを経て、2015年12月から就労継続支援A型事業所の運営に本格参入。福祉業界への民間参入が進む波に乗り、急速な多角化と拡大を遂げた。
就労継続支援A型事業所とは、一般企業での就労が困難な障害者に対し、雇用契約を結んで就労機会を提供する福祉サービスである。最低賃金以上の給与が支払われ、一般就労への移行支援も行う。事業者には国から給付金が支払われ、利用者が一般就労へ移行すると加算金が上乗せされる仕組みだ。
絆ホールディングスグループは、この制度を巧みに活用した。2023年3月期には年収入高約23億9,900万円を計上。グループ会社として株式会社レーヴ、株式会社リベラーラ、株式会社JOB connect、NPO法人リアンを擁し、2府5県75市町村以上に事業を展開した。約1,200人以上の障害者に雇用機会を提供し、社会的意義の高い事業として認知されていた。
資本金わずか2,000万円の企業が、10年足らずで全国規模の福祉事業グループに成長した軌跡は、一見すると福祉ベンチャーのサクセスストーリーに映った。しかしその急成長を支えていたのは、制度の抜け穴を組織的に利用した「36ヶ月プロジェクト」という名の給付金詐取スキームだった。
何が起きたか
2015年12月|就労支援事業への参入 結婚相談所から業態転換し、就労継続支援A型事業所の運営を開始。関係会社を順次設立し、グループ体制を構築。
2015年〜2024年|「36ヶ月プロジェクト」の組織的展開 利用者を自社のグループ会社に6ヶ月間「一般就労」させ、その後再び利用者として事業所に戻すサイクルを反復。形式的に「一般就労への移行実績」を作り出し、1人あたり数十万円の加算金を不正に取得。グループ内で利用者を循環させることで、無限に加算金を生み出す錬金術を確立した。
2024年4月|厚労省「3年ルール」厳格化 厚生労働省が報酬改定で「3年ルール」を厳格化。同一グループ内での就労は一般就労実績としてカウントしないと明確化された。しかし絆ホールディングスは解釈違反の請求を継続。
2024年12月|代表交代 下川弘美氏が代表取締役社長に就任。不正スキーム構築時の意思決定者ではなかったが、問題発覚後の対応を担うことになる。
2025年8月|大阪市が監査を開始 大阪市が絆ホールディングスグループの事業所に対し、本格的な監査を開始。
2025年11月|不正受給疑惑が報道される メディアが不正受給疑惑を報道開始。当初は「20億円超」との報道だったが、調査が進むにつれ金額は膨れ上がっていく。
2026年3月|行政処分と150億円認定 大阪市が4事業所に対し指定取り消しの行政処分を決定。全国での不正受給総額は約150億円と認定され、大阪市からは約110億円(不正受給79億円+ペナルティ31億円)の返還を請求された。
2026年4月|事業所閉鎖と法廷闘争 4事業所を閉鎖。同時に絆ホールディングスは処分取り消しを求め大阪地裁に提訴。行政との見解相違を主張するも、大阪市は代表ら5人を詐欺容疑で大阪府警に刑事告訴(4月30日付)。
2026年6月|会社更生法申請 返還請求期限を過ぎても支払いに応じられず、6月22日に会社更生法の適用を大阪地裁に申請。保全管理命令が発令された。NPO法人リアンは自己破産を申請。グループ5社合計の負債総額は約289億5,368万円に達し、社会福祉事業者として過去最大の倒産となった。
失敗の本質的原因
市場・競合環境
2000年代後半から福祉業界への民間参入が急速に進んだ。特に就労継続支援A型事業所は、障害者の最低賃金が国から給付金で補填される構造のため、利用者を確保すれば安定収益が見込める「制度ビジネス」として注目を集めた。参入障壁の低さから事業者数は急増し、競争は激化。差別化のため「一般就労移行実績」を競う流れが生まれ、加算金獲得のインセンティブが過熱した。
経営判断と意思決定
「36ヶ月プロジェクト」という名称からも明らかなように、利用者循環スキームは組織的・計画的に実施された。形式的には一般就労実績を創出しており、2024年の厚労省報酬改定前は「グレーゾーン」との認識があった可能性がある。しかし、制度の趣旨を逸脱した運用であることは明白だった。さらに致命的だったのは、2024年4月の「3年ルール」厳格化後も請求を継続した判断である。規制強化の意図を無視し、既存のスキームに固執したことで、「グレー」から「黒」への転落が決定的となった。
財務・資金構造
給付金加算に過度に依存した収益構造が脆弱性を生んだ。通常の就労支援による収益だけでは急拡大を支えられず、加算金が成長のエンジンとなっていた。約289億円という負債総額は、年間収入高約24億円の企業規模に対して12倍以上。返還請求に対応する財務体力は皆無だった。そもそも不正なスキームで獲得した収益を前提とした事業計画自体が、持続不可能なビジネスモデルだった。
組織と文化
グループ内完結型の循環雇用スキームは、複数法人を活用した責任分散構造でもあった。絆ホールディングス、レーヴ、リベラーラ、JOB connect、NPO法人リアンと複数の法人に分散することで、個々の事業所の不正規模を目立たなくし、行政の監視を逃れやすくする効果があった。しかしこの構造は同時に、ガバナンス・コンプライアンス体制の不備を招いた。誰が最終責任を負うのか不明瞭な組織設計は、不正の温床となった。
外部環境・規制
障害福祉サービス制度は「性善説」に基づいて設計されていた。事業者が福祉の理念に従って運営することを前提とし、不正を前提とした監視体制は脆弱だった。また、複数の自治体にまたがって事業を展開することで、不正検出が困難になった。75市町村以上に分散した事業所の実態を、各自治体が個別に把握することは事実上不可能だった。大阪市の監査開始から処分までに半年以上を要したことからも、行政監査の実効性の限界が浮き彫りとなった。
経営者の意思決定を再構築する
絆ホールディングスの経営者は、なぜこのような判断に至ったのだろうか。批判は容易だが、その意思決定プロセスを共感的に再構築してみたい。
2015年当時、就労継続支援A型事業所への参入は、社会課題の解決とビジネスの両立を目指す選択として合理的に見えた。障害者の雇用機会を創出しながら、国からの給付金で安定収益を得る。社会的意義と経済性が一致する理想的なモデルだった。
事業が軌道に乗ると、拡大へのプレッシャーが高まる。より多くの障害者に機会を提供したい、スタッフの雇用を守りたい、投資を回収したい——さまざまな動機が重なり、成長への渇望が生まれる。その過程で「36ヶ月プロジェクト」は考案された。グループ内で利用者を循環させることで加算金を獲得する手法は、形式的には制度の要件を満たしている。法律の条文に違反しているわけではない。むしろ制度の想定外の使い方であり、「発見」や「イノベーション」と自己認識していた可能性すらある。
問題は、この「グレーゾーン」への依存がいつしか事業の根幹になったことだ。通常の収益だけでは成り立たない規模に拡大し、加算金なしには事業継続が不可能な状態に陥った。2024年4月の厚労省報酬改定は、このグレーゾーンを明確に「黒」と定義した。合理的な判断は撤退だったが、既に撤退は不可能だった。事業の継続、1,200人以上の雇用維持、従業員の生活——すべてが加算金収入を前提としていた。
規制強化後も請求を継続した判断は、破滅への道を選んだように見える。しかし経営者の視点からは、「今やめれば即座に全てが終わる」という絶望的な選択肢の中で、「続ければ何とかなるかもしれない」という希望にすがったとも解釈できる。行政処分に対して取消訴訟を提起したのも、「見解の相違」という最後の望みに賭けた行動だった。
もちろん、これは弁護ではない。制度の趣旨を逸脱した運用は、たとえ形式的に適法であっても倫理的に許されるものではない。そして規制強化後の継続は、明確な違法行為だった。しかし、「なぜ合理的な経営者がこのような判断に至ったか」を理解することは、同じ過ちを避けるための重要な洞察を与えてくれる。
海外類似事例との比較
福祉制度を悪用した大規模不正は、日本固有の問題ではない。むしろ先進国共通の構造的課題である。
オーストラリア国家障害保険制度(NDIS)不正事件群は、絆ホールディングス事件の10倍以上の規模で進行中だ。NDISでは年間最大60億豪ドル(約6,000億円)の不正が疑われており、組織犯罪による架空請求や過大請求が横行している。西シドニーの犯罪シンジケートが1,000万豪ドル超を詐取して逮捕された事案など、福祉制度が組織犯罪のターゲットになっている実態がある。
**米国NYPD/FDNY年金詐欺事件(2014年)**では、元警察官・消防士ら106人が9.11テロ後遺症を偽り、4億ドル(約600億円)の障害年金を不正受給した。米国史上最大の年金詐欺として起訴されたこの事件は、「社会的弱者への支援」という制度の善意が、組織的な詐取に悪用されうることを示した。
これらの事例と絆ホールディングスに共通するのは、性善説に基づく制度設計の脆弱性だ。福祉制度は「支援を必要とする人に届ける」ことを最優先に設計される。そのため審査や監視は簡素化され、不正への抑止力は弱くなる。この構造的脆弱性を認識した事業者が、意図的にそれを利用したとき、制度は内部から崩壊する。
また、規模の拡大が発覚を遅らせるという逆説も共通している。絆ホールディングスは75市町村以上に分散展開することで、各自治体の監視能力を超える規模に達した。NDIS不正事件群でも、制度の巨大さと複雑さが不正検出を困難にしている。皮肉にも、「より多くの人を支援する」という善意の拡大が、不正のカモフラージュとして機能したのだ。
経営者・起業家へのインサイト
1. 「グレーゾーン」は規制強化で一夜にして「黒」になる
制度の抜け穴を利用したビジネスモデルは、短期的には高収益を生むかもしれない。しかし規制当局はいずれ対応する。「3年ルール」厳格化のような規制変更は、予告なく、そして遡及的に適用されうる。グレーゾーンに依存した時点で、ビジネスの存続は規制当局の判断に委ねられている。
2. 急成長は撤退オプションを消滅させる
絆ホールディングスは、加算金なしでは成り立たない規模にまで拡大してしまった。急成長は経営者に全能感を与えるが、同時に「やめる自由」を奪っていく。どの時点で成長を止め、持続可能な規模に留まるかの判断は、最も困難で最も重要な経営判断の一つである。
3. グループ会社間の取引は、外部から見れば「自作自演」
複数法人を活用した責任分散構造は、内部からは合理的に見える。しかし規制当局から見れば、同一グループ内の取引は「自作自演」に過ぎない。形式的な法人格の分離は、実質的なガバナンスの代替にはならない。むしろ責任の所在を不明確にし、不正の温床となるリスクがある。
4. 福祉事業の社会的意義は、不正の免罪符にならない
「1,200人以上の障害者に雇用機会を提供している」という社会的貢献は、絆ホールディングスにとって自己正当化の根拠だったかもしれない。しかし社会的意義は、不正行為の免罪符にはならない。むしろ、社会的に重要な事業だからこそ、より高い倫理基準が求められる。
5. 制度ビジネスは「顧客」が誰かを見失いやすい
就労継続支援事業では、サービスの受益者(障害者)と対価の支払者(国)が異なる。この構造は、「誰のために事業をしているのか」という根本的な問いを曖昧にする。給付金の最大化が目的化し、利用者の福祉が手段化したとき、事業の存在意義は失われている。
あなたが経営者だったら?
1. 自社のビジネスモデルに「制度の想定外の使い方」はないか?
絆ホールディングスの「36ヶ月プロジェクト」は、制度の条文には違反していなかったかもしれない。しかし制度の趣旨からは明らかに逸脱していた。あなたの事業の中に、「形式的には適法だが、制度の趣旨からは疑問がある」領域はないだろうか。
2. 今の成長速度を維持できなくなったとき、事業は存続できるか?
絆ホールディングスは、加算金という「ブースター」なしでは飛行を続けられない航空機だった。あなたの事業は、補助金・助成金・特定の取引先・特定の市場環境がなくなっても、自力で飛行を続けられるだろうか。
3. 「やめる判断」をするための基準を持っているか?
規制強化の兆候が見えた2024年4月時点で、絆ホールディングスには撤退という選択肢があった。しかし実際には継続を選んだ。事業の縮小や撤退を判断するための基準——レッドライン——をあなたは明確に持っているだろうか。そして、そのラインを越えたときに、本当に撤退できるだろうか。