弔辞
TL;DR
- LIXILは2014年に約4,109億円で独グローエを買収したが、その孫会社である中国・ジョウユウで2008年から続く不正会計が発覚
- 簿外債務は推定700億円超、最終的に608〜662億円の損失を計上し、2016年3月期純利益は前期比86%減の30億円に転落
- 「孫会社」という構造的な死角がデューデリジェンスの網をすり抜け、買収直後に債務保証まで提供していた
- GE出身の「プロ経営者」藤森CEOは買収から2年で退任、M&Aによるグローバル成長戦略は大きな転換を迫られた
- 海外売上高比率を3%から30%に拡大した「成功」の裏に潜んでいたのは、スピード優先のガバナンス軽視だった
企業概要と全盛期
LIXILグループは、2011年4月にトステム、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアの住宅設備大手5社が統合して誕生した巨大企業である。創業の歴史を遡れば、トステムは1923年に潮田竹次郎が木製建具小売業「妙見屋商店」として開業し、INAXは伊奈一族が衛生陶器メーカーとして育て上げた名門だ。
統合からわずか4カ月後の2011年8月、GEプラスチックス・ジャパン社長などを歴任した藤森義明氏がLIXILグループ代表執行役社長兼CEOに就任する。藤森氏は「プロ経営者」として、国内市場の成熟を見据えた積極的なグローバル展開を推進した。
その成果は数字に表れた。藤森CEO就任時にわずか3%だった海外売上高比率は、2015年には約30%にまで急拡大。2015年3月期の売上高は約1兆8,900億円に達し、住宅設備業界における圧倒的な地位を確立した。
グローバル戦略の象徴が、2014年1月のドイツ・グローエ買収である。日本政策投資銀行との共同出資で約4,109億円を投じ、水栓金具で欧州最大手、世界の衛生器具市場でシェア約8%を誇るグローエを傘下に収めた。これに先立つ2011年12月にはイタリアのペルマスティリーザを約600億円で、2013年8月には米アメリカンスタンダード・ブランズを約530億円で買収。立て続けの大型M&Aにより、LIXILは一気にグローバルプレイヤーへと変貌を遂げた。
藤森氏の戦略は明快だった。「日本の住宅市場は縮小する。生き残るにはグローバル化しかない」。この危機感と実行力は、当時の経済界で高く評価されていた。
何が起きたか
2008年〜2013年:見えない伏線
グローエ買収の裏で、すでに時限爆弾は作動していた。中国・福建省で1979年に設立された水栓メーカー「中宇衛浴」を母体とするジョウユウは、2008年にドイツで法人を設立しフランクフルト証券取引所に上場。しかし、後の調査によれば、この上場直後から不正会計が始まっていた。
2009年にグローエがジョウユウへの出資を開始し、2013年3月には創業家・蔡一族との株式交換でジョウユウを子会社化。この時点で、グローエの「子会社」となったジョウユウの簿外債務問題は、すでに5年間にわたって進行していた。
2014年1月:運命のグローエ買収
LIXILが約4,109億円でグローエを買収した際、ジョウユウは「グローエの子会社」として自動的にLIXILグループに入った。いわば「おまけ」のような存在だった。ジョウユウは中国に約4,000の販売拠点を持ち、グローエの中国戦略における重要な橋頭堡と位置づけられていた。
2014年7月:致命的な債務保証
ジョウユウの香港子会社が三井住友、三菱東京UFJ、みずほの3メガバンクと総額3億ドル(約330億円)の融資枠を締結。LIXILはこの融資に対して債務保証を提供した。この判断が、後に損失を大幅に拡大させることになる。
2014年12月:追加投資の皮肉
問題が表面化する4カ月前、LIXILは蔡一族が保有するグローエ・グループ株12.5%を約226億円で買い取った。グローエへのコミットメントを強化するための追加投資だったが、結果的には「沈む船に追加で乗り込んだ」格好となった。
2015年4月〜5月:連鎖する破綻
2015年4月1日、LIXILはグローエ株を買い増して連結子会社化を完了。その直後の4月27日、ジョウユウの財務状況に不正の可能性があると発表し、調査を開始した。5月22日にはジョウユウがドイツ・ハンブルク地方裁判所に破産手続き開始を申し立て。
2015年6月〜11月:損失額の確定
6月3日に損失額が最大660億円に膨らむと発表。11月の社内調査報告書で、不正会計が2008年から7年間継続していたことが確認された。11月16日、藤森社長を含む11人の月額報酬を3カ月間10〜50%減額する処分が発表され、12月21日には藤森社長の2016年6月退任が決定した。
失敗の本質的原因
市場・競合環境
中国の衛生器具市場は2010年代前半、年率10%を超える成長を続けていた。この急成長市場への「入場券」として、ジョウユウの4,000販売拠点は魅力的に映った。しかし、急成長市場には常に品質よりも拡大を優先するプレイヤーが存在する。ジョウユウの蔡一族は、上場を維持し事業を拡大するために、売上の水増しと債務の隠蔽を選んだ。
経営判断と意思決定
最大の問題は「孫会社リスク」の軽視である。LIXILはグローエを買収したが、ジョウユウはグローエの子会社であり、LIXILからみれば「孫会社」だった。買収デューデリジェンスは通常、直接の買収対象に集中する。孫会社のさらに細部まで精査することは、時間的にも費用的にも困難である。
また、2014年7月に3億ドルの債務保証を提供した判断は、ジョウユウへの過信を示している。連結子会社化が完了する前に、実質的なリスクを引き受けてしまった。
財務・資金構造
ジョウユウの簿外債務は推定700億円超。これはジョウユウ単体の規模からすれば異常な金額だった。しかし、グローエ買収の総額4,109億円から見れば「隠しやすい」規模でもあった。大型案件の陰に隠れた中小リスクが、全体を揺るがすことになった。
損失の内訳は、株式帳簿価値約300億円の全損、債務保証の履行で最大330億円、調査費用等を合わせて総額608〜662億円。2015年3月期の純利益は447億円から209億円に訂正され、2016年3月期は前期比86%減の30億円にまで落ち込んだ。
組織と文化
藤森CEOのGE流経営は、スピードと実行力を重視していた。わずか4年間で総額5,000億円を超えるM&Aを実行したペースは、日本企業としては異例だった。しかし、そのスピードがデューデリジェンスの深度を犠牲にした可能性がある。
さらに、2011年に5社統合で誕生したLIXILは、組織としてまだ若かった。統合後の内部体制整備と並行して大型の海外M&Aを推進したことで、ガバナンス体制が追いつかなかった面がある。
外部環境・規制
ジョウユウはドイツ法人としてフランクフルト証券取引所に上場していたが、実際の事業は中国で行われていた。ドイツの規制当局が中国現地の取引実態を精査することには限界があり、この「規制のギャップ」を蔡一族は巧みに利用した。
また、2008年のリーマンショック後、グローバルに低金利環境が続いたことで、M&A市場は活況を呈していた。買い手競争の中で、デューデリジェンスに十分な時間をかけにくい環境もあった。
経営者の意思決定を再構築する
藤森義明氏の立場になって考えてみよう。2011年、あなたは日本の住宅設備最大手の経営を任された。国内市場は人口減少で縮小が確実。成長するには海外に出るしかない。
あなたには選択肢があった。ゼロから海外拠点を立ち上げるか、M&Aで時間を買うか。前者は確実だが時間がかかりすぎる。住宅市場の縮小スピードを考えれば、悠長に構えている暇はない。M&Aしかなかった。
2014年、グローエという絶好の機会が訪れた。欧州最大手の水栓金具メーカー。しかも中国市場への足がかりとなるジョウユウも付いてくる。投資銀行からは「買収しなければ競合に取られる」と急かされた。
デューデリジェンスでは、グローエ本体は精査した。問題は見つからなかった。ジョウユウについても一定の確認はしたが、ドイツの上場企業であり、監査法人のお墨付きもある。これ以上何を調べろというのか。
7月、ジョウユウの資金繰りを支援するため、メガバンク3行が融資枠を設定すると言ってきた。ただし、親会社の保証が必要だと。断れば、せっかく手に入れた中国事業が立ち行かなくなる。保証を提供した。
12月、蔡一族がグローエ株を売りたいと言ってきた。彼らを引き留めておく必要があった。中国事業のキーマンだからだ。買い取った。
振り返れば、すべてが合理的な判断だった。与えられた情報の中で、最善を尽くした。しかし、与えられた情報そのものが虚偽だった。
問題は「情報が虚偽だった」ことではない。「情報が虚偽である可能性を十分に検証しなかった」ことだ。特に、孫会社という構造的に目が届きにくい場所について、独立した検証を怠った。スピードを優先するあまり、「見えないリスク」を見ようとしなかった。
海外類似事例との比較
LIXILのジョウユウ問題は、海外M&Aにおける「隠れたリスク」という点で、いくつかの世界的な失敗事例と共通点を持つ。
東芝のウェスチングハウス買収(2006年)
東芝は原子力事業拡大のため、米ウェスチングハウスを約6,400億円で買収した。その後、ウェスチングハウスが買収した建設会社S&Wの工事遅延問題が表面化し、最終的に1兆円を超える損失を計上。「買収した会社がさらに買収した会社」という二重構造のリスクは、LIXILのジョウユウ問題と酷似している。
HPのオートノミー買収(2011年)
米HPは英ソフトウェア会社オートノミーを約110億ドルで買収したが、翌年、オートノミーの売上高が不正に水増しされていたことが発覚。88億ドルの減損損失を計上した。不正会計の発見が買収後だった点、多額の損失に繋がった点でLIXIL事例と類似する。
キャタピラーのERA Mining買収(2012年)
米キャタピラーは中国の鉱山機械メーカーERA Miningを約6.5億ドルで買収後、在庫の水増しや不正取引が発覚し、5.8億ドルの減損を計上した。中国企業の買収における会計不正リスクという点で、ジョウユウ問題の先行事例と言える。
これらの事例に共通するのは、「成長市場への焦り」「買収競争のプレッシャー」「複雑な企業構造に潜む不正」である。LIXILは決して特殊な失敗をしたわけではなく、グローバルM&Aに共通する構造的リスクの犠牲者でもあった。
経営者・起業家へのインサイト
1. 「孫会社」は親会社以上に精査せよ
買収対象の子会社や孫会社は、親会社よりも情報が少なく、ガバナンスも緩い傾向がある。直接の買収対象ではないからこそ、より厳しい目で見る必要がある。「おまけ」に見えるものほど、独立した精査が必要だ。
2. 債務保証は「買収」と同じ重さで判断せよ
LIXILがジョウユウに対して提供した3億ドルの債務保証は、ジョウユウを直接買収したのと同等のリスクを負うことを意味していた。債務保証は「書類一枚」で済む分、軽く考えがちだが、最悪のシナリオでは全額負担になる。買収と同じ厳格さで審査すべきだ。
3. 上場企業だからといって信用するな
ジョウユウはフランクフルト証券取引所に上場し、監査法人の監査を受けていた。それでも7年間、不正会計は見逃された。上場や監査は「品質保証」ではない。特に、上場地と事業地が異なる企業は、規制のギャップが生じやすい。
4. 「追加投資」の前に立ち止まれ
LIXILが蔡一族から追加でグローエ株を買い取ったのは、問題発覚の4カ月前だった。大型投資をした後は、それを正当化したくなる心理が働く。しかし、最初の投資判断を正当化するための追加投資は、損失を拡大させるだけだ。追加投資こそ、ゼロベースで判断すべきである。
5. 統合直後に大勝負をするな
LIXILは5社統合からわずか数カ月後に大型海外M&Aを開始した。統合直後の組織は、内部ガバナンスが未成熟である。大きなリスクを取るのは、組織が安定してからでも遅くない。「機会は待ってくれない」と感じるかもしれないが、体制が整わないうちに掴んだ機会は、むしろ災いになりうる。
あなたが経営者だったら?
Q1: あなたは成長市場への参入を急いでいる。絶好のM&A案件が出てきたが、買収対象には複雑な子会社・孫会社構造がある。デューデリジェンスに追加で3カ月かかると言われた。競合も狙っている。あなたはどうするか?
時間をかけて精査するか、それともスピードを優先して「ある程度のリスクは織り込み済み」として進めるか。その判断基準は何か。
Q2: 買収が完了した直後、子会社から「運転資金が不足している。親会社の保証があれば銀行から借りられる」と相談された。保証額は買収総額の8%程度。断れば事業が回らなくなるかもしれない。あなたならどうする?
保証を提供する条件として、何を要求するか。あるいは、保証なしで問題を解決する方法はあるか。
Q3: あなたの会社は急成長している。市場からは「スピード経営」が評価され、株価も上昇している。しかし、社内からは「ガバナンスが追いついていない」という声も聞こえてくる。成長とガバナンスのバランスをどう取るか?
「ガバナンス強化のために成長を減速させる」という選択肢は現実的か。それとも「走りながら直す」しかないのか。その境界線はどこにあるか。